僕は子供のころから忘れものが多くて、社会人になっても
その癖が治らなかった。椎子さんはそのたび少し困った
ような笑顔を見せてわざわざ届けに来てくれた。

大学で知り合った椎子さんと僕は長い付き合いを経て
去年の春に結婚した。
なんてことのない幸せに溢れた日々。
だけどそんな毎日が続くと、人はいつしかそれを当たり前に
思ってしまう。

その日も椎子さんは僕に忘れ物を届けてくれて、僕はぞんざいに
受け取って彼女を帰してしまった。

これが最後になると知っていたなら、もっとちゃんと
顔を見ておいたのに。

椎子さんは家に帰りつくことなく事故にあった。
大きな車輪に轢かれた椎子さんは別人のように全身が膨れて
僕の声も聞こえていないようだった。僕は目の前が真っ暗に
なった。
椎子さんが、今朝はあんなに元気だった椎子さんが、
いなくなってしまうなんて。

気が付くと目の前に女医の由梨江さんがいて、思いつめた
ような顔で僕を見つめていた。
「このままじゃ椎子は助からないの、でも………」
椎子さんの親友だった由梨江さんはゆっくりと僕にたずねた。

「…あとは貴男の意見を聞くだけ。
 孝さん、椎子を連れ戻したいと思う?」

僕は無我夢中で頷いていた。

由梨江さんはヒトクローン実用化のための研究を密かに
続けていて、椎子さんはそれに協力して自ら細胞を提供
していたのだそうだ。

クローン体はまだ半分の年齢くらいまでにしか育っていなかった
けれど、アルバムで見せてもらった昔の椎子さんにそっくりだった。
どきどきしながら小さな椎子さんに対面する。

「はじめまして、ただいまです」

椎子さんは人なつこく笑って僕にぺこりとおじぎをした。

+モドル+ +ツギ+

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